近視の世界

もとより外界とシャットァゥトされた"クリーンルーム"でもないかぎり、現代日本の家庭からダニを根絶するのは不可能である(以前、NHKだったと思うが、米国に街全体を外界と遮った"クリーンタウン"が実際に存在することを特集で放映していた)。
これらの努力項目は、あくまで治療の一助となる程度に、ダニの存在する密度レベルを抑えてやろうという目標、指針にすぎないのである。 その辺を十分に理解したうえで、これらの対策のいくつかをできる範囲で気軽にやりはじめる態度が、トータル・バランスのとれた抗原対策と言えるのである。
私はF君から、今までの治療歴をザッと聞き出した。 それによると、彼の父親ゆずりのアトピー体質は、出生後約一年目ぐらいよりアトピー性皮膚炎というかたちで現れた。
大学生のF君は、家のダニやほこりである"ハウスダスト(HD)″に対する「通年性アレルギー」と、「季節性のアレルギー」である花粉症の両者を合併した重症の鼻アレルギー患者である。 二年前に初めて私の診察室を訪れたときは、いつもポケットからティッシュ袋を取り出して、鼻をかみながら話す神経質そうな高校生であった。
彼は、当時すでにいくつもの耳鼻咽喉科医院でさまざまな治療を受けた後であり、その結果の素直な感想を、若者特有のぶっきらぼうな口調で表明した。 「どうせ治らないんでしよ」しかし、治したくて受診したわけであるから、医者側としては何とか糸口を見つけなければならない。

皮膚科通いは、四歳ごろに皮膚炎の終息とともに終了したが、かわって小学校二年になったころから小児端息が発症し、彼と彼の家族を苦しめた。 小学校時代は月に二一回近所の公立病院の小児科に駆け込んで、吸入治療に通うことしばしばであった。
瑞息も幸い大発作にはいたらず、中学校入学までにはほぼ鎮静した。 中学入学ごろから徐々に鼻症状がひどくなり、朝起き抜けに二○回ぐらい立て続けにくしゃみをし、一日でティッシュ一箱を使いきるほどになった。
いくつかの耳鼻咽喉科医院を受診しては、「吸入を毎日」という中学生にしてはつらい治療を、一?二週間続けてはやめることの繰り返しであった。 うわさを聞いて、両親に連れられ、さる公立病院の耳鼻咽喉科を訪れ、「減感作療法」を行ったのは、中学三年のときであった。
減感作療法というのは、抗原というアレルギーの原因物質のエキスを希釈し、週一回前腕部に皮下注射していく体質改善療法で、二?三年もの長い間、治療に通いつづけなければならない。 しかも、効果が期待できる確率は二分の一ぐらいと言われており、努力が報われないことも多いつらい治療である。
F君は一年後に高校受験を控えていたせいもあり、この療法を半年ほどでやめてしまった。 まあ中学三年生にしては半年間もよく続いたとほめてあげるべきかもしれない。
以上がF君の大まかな治療歴である。 その後高校に入って生活も落ち着いてきたので、また治療をする気になり、私の診察室を訪れたのであった。
つわものなかなかの強者のアレルギー患者であり、単純な内服薬投与では満足しそうにない。 さてどうしたものか?私はまず、彼の治療がなぜ長続きしないのかという理由について考えてみた。
彼は鼻症状がひどくなったときだけ足繁く耳鼻咽喉科医院に通うが、少し調子がよくなると・ハッタリと通院をやめてしまう。 そして再び鼻症状が増悪し、につちもさつちもいかなくなってから初めて他の耳鼻科に通いはじめるといったことを繰り返していた。

長期的視野に立った症状のコントロールという意識に欠けていたのである。 これでは慢性疾患である鼻アレルギーが駆逐できないわけである。
そこで私は、そのころ他の患者に試してみて効果を現しはじめていたトータル・バランスの考え方を応用しようと、次のように彼に話を切りだした。 「耳鼻科に通いはじめるときに、いったい何を期待して行くの?」彼は、いつも他院で言われることとかなりおもむきの異なるセリフにとまどいつつも、その内心を悟られまいと、少し怒ったように言った。
「八○%?」「それは鼻が治るようにに決まっているでしょう」私は期待どおりの返答に内心ほくそえみつつ、わざと突き放すように言った。 1○○%は治らないよ。
だけど八○%の状態にすることはできる」。 病気とうまくつきあえる人、つきあえない人の差。
F君はどういうことかまだ理解できない表情で聞き返した。 「そう、八○%。
今のひどい状態を一○とすれば、二以下のいい状態であれば、我慢できなくはないでしょう」「具体的にはどうすればよいのですか?」さすがは進学校に通っているだけに、次の質問は的を得ていた。 私はここぞと、トータル・バランスによる鼻アレルギーコントロールの具体的方法について、詳しく説明した。

「まず最初に飲み薬二種類と、点鼻薬(さしぐすり)を一種類出します。 内服薬のうち、一つは毎日飲む抗アレルギー剤、もう一つは特にひどいときに飲む抗ヒスタミン剤です。
抗ヒスタミン剤は眠くなることがあるので気をつけてね。 これらを自分で上手に調整して、症状をはじめの一○分の二以下になるようにコントロールするんだ。
その日が何点であったかつけておくといいよ。 ただし一回に投薬できる量と、一日の投与量は決まっているのている。
その範囲内でやってね」話を聞いているうちにF君は徐点に興味がわいてきた様子で、次第に真剣な眼差しで私の説明を聞きはじめた。 私は、彼がよりトータル・バランスの精神を理解しやすいように、具体的な取り組み方をアドバイスした。
「一番強い抗ヒスタミン剤を仮に"ストロング"と呼ぶことにしよう。 抗アレルギー剤はミドル、点鼻薬を"ウィーク"と呼ぶ。
はじめはこの三つを全部使ってかまわない。 症状を二以下に抑えるよう頑張りながら、"ストロング"からやめていくんだ。
最終的にはウィークのみで症状が二以下になれば成功だ。 できるかい?」最後はわざと挑発するように言った。
「できると思うよ」彼にしては控えめな言い方ではあったが、その目はキッパリとした自信に満ちていた。 それからの彼は理想的な過程を経て、三薬から二薬、一薬へと自分で薬を減らしていき、今ではステロイドの点鼻剤のみでほぼ病気を制圧してしまっている。
ただし自覚的に症状一○分の二を超えるときと、春の花粉症の時期だけは、三薬使ってもいい協定を順守し「メニエール病」を受け入れて過ごすこのように、トータル・バランスの第二の法則の考え方をうまく応用し、治療の過程で、可能な目標と自主的な手段を持たせてやることにより、実際は根治しにくい「鼻アレルギメニェール病という名を、時折健康食品の折り込みチラシや薬店の看板などで見かけるが、お聞きになったことがあるだろうか?メニエール病もまた、アレルギー性鼻炎と同様、根治の難しい厄介な耳鼻科疾患である。 「メニェール病」は、難聴と耳鳴を伴った"ぐるぐる回る"回転性の肢量発作が反復性に起こる内耳疾患で、中高年の女性に多く発症する。
最近ではプロ野球の某選手がこの疾患のために引退を余儀なくされて話題になった。 また、ゴッホの「星月夜」という作品に見られる渦巻く夜空は、彼がメニエール病発作時に見た光景の描写であるという説もある。


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